J-Song Stories

00年代の日本のロック・ポップをBGMにえがいた人間"熱いぜ"ストーリーです。

00’Sー13 ♪I’ll be there♪DOPING PANDA

崎太一は電話で伝えていた時間より30分遅れてラーメン店に到着した。

ここは、熊本市の繁華街、上通アーケード街にある、創業40年のラーメン店だ。熊本では珍しく、鶏がらスープのラーメンだ。

店内は清潔感にあふれ、壁は上質な木材で造られている。

引戸式の入り口から入って、右側がカウンターで、左側に4人掛けのテーブル席が、カウンターと並行して5席並んでいる。

桐原は店の一番奥のテーブル席で入り口に顔を向けて座っていた。

 

ロン毛、薄いオレンジ色の度付きサングラス、ブルーのGジャンにブラックストレートジーンズ姿の城崎太一が、カメラなどの機材を入れたキャリーバッグを右肩にかけ、店に入って来た。

「ごめん、ごめん・・・」

と言いながらも、特に慌てる素振りは見られず、城崎は続けた。

「・・・緊急事態がおきちゃってさっ」

城崎は、桐原の向かいの椅子を引いて、ひとまずキャリーバッグをその椅子の上に降ろした。

時刻は午後2時15分。店は、午後2時までの昼の部の営業を終え、休憩に入っていた。

桐原が、申し訳なさを心から全面に表わし、

「大将、すんまっせーん、よかですか? 2杯」

と、カウンターの向こう側の厨房、店の入り口とは反対側の奥に向かって、言った。

白の三角帽に割烹着を着た体格のいい2代目若大将が、にこにこしながら奥から出て来た。

「あいよ! よかよー」

そう言って、前掛けを後ろで締めなおしている。

「あ~・・・すんません、ほんとに」

今度は、少し恐縮そうな感じで、城崎も続いて、謝った。

若大将は、相変わらず、笑顔を絶やさない。

しかし今度は黙って、麺を茹でる。

 

桐原と城崎は高校からの同級生だ。ともに野球部。ポジションはセカンドとショート。“鉄壁の二遊間コンビ”、といきたいところだが、そこは、熊本で一番の進学校。校風でもうたわれている“文武両道”をモットーとしているとは言え、練習時間は限られていたため、試合では緊張も手伝ってエラーを連発した。

ちなみに、桐原がセカンドで、城崎がショートだった。

 

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作詞・作曲 Yutaka Furukawa

発売日 2007年 アルバム「High Brid」に収録

 

 

High Brid

High Brid

 

 

 

I'll be there

I'll be there

  • provided courtesy of iTunes

 

 

00’Sー12 ♪春風♪ くるり

 津美は、机の引き出しを開け、そこから明治アーモンドチョコレートの箱を取り出した。そして、箱の中から一粒つまみ、それを口に放り込んだ。次にラヂオをつけた。机の上に載った、コンパクトタイプのCDラジカセ。民放のFM,エフエム熊本を聴く。これが日課だ。たまに番組にメールを送る。パソコンからではなく、携帯電話から送る。

 携帯電話は、小学生高学年の頃から持っている。

 父三郎が失業中で、家計のやり繰りに困窮し、ついに固定電話は止められたが、家族4人それぞれが持つ携帯電話の代金は、母景子が何とか払い続けていた。

 奈津美の通う中学校は、藤倉家の家族の携帯電話番号までは把握していなかった。だから、奈津美がどれだけ学校をサボっても、学校は連絡の取り様がなかった。また、わざわざ家まで教師らが訪ねて来ることもなかった。

 ラヂオからは、奈津美の知らない古い洋楽が流れていた。

 きょうは夜7時から塾がある。奈津美は、来春、高校受験を控えている。

 塾の費用について、以前、奈津美は、父の再就職が決まらない中、家計を心配し、母に“塾をやめる”ときり出したことがあった。しかし母景子は、“大丈夫、心配いらないから”と奈津美に説いた。

 奈津美は、3年生になり、学校へ行く日数は減ったが、学力は落ちていない。この前の中間テストでも学年で10位以内に入っていた。

 奈津美の志望校は、地元の進学校だった。奈津美をいじめているグループは、そことは違う高校を志望している。

 奈津美は、塾から与えられていた数学の問題が羅列されたプリントを、机の上に広げ、それらの問題を解き始めた。目の前のCDラジカセからは、ジャニス・ジョプリンの歌声が聞こえてきた。

 

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作詞 岸田繁 作曲 岸田繁

発売日 2000年 アルバム「ベスト オブ くるり」に収録

 

 

ベストオブくるり/ TOWER OF MUSIC LOVER

ベストオブくるり/ TOWER OF MUSIC LOVER

 

 

 

 

00’Sー11 ♪くるみ♪ Mr.Children

道57号線の南側には新興住宅地が広がる。この10年ほどのあいだに、それまであった田畑はつぶされ、宅地になり、次々に戸建ての住宅が建った。

 

藤倉奈津美の家はこの住宅街の一角にある。2階建て、白色の外壁、小さな庭。小ぢんまりとした造りの建物は、隣近所にも数軒建っている。

 

学校指定の白色のカバンを襷掛けにぶら下げた奈津美が、自分の家の玄関前に立ち止まる。そしてカバンの中から家の鍵を取り出し、玄関ドアの鍵穴にそれを差し込む。

 

奈津美の父三郎は、今年の春先から失業中だ。勤めていた地元百貨店が今年3月末に閉店した。三郎はそこで支配人を担当していた。大学卒業後入社し、25年間百貨店一筋で勤めてきた三郎にとって、閉店、そして解雇は、本人の予想を超えた、大きなショックだった。三郎は、6月くらいまでは、ハローワークに通っていたが、選り好みするためか、どれも決め手を見いだせず、7月からは、家に閉じこもりがちになり、リビングのソファーに座り込んでいる毎日だ。

 

玄関の扉を開け、家に上がった奈津美は、右手にあるリビングのドアを横目に、前方の階段を上った。

 

奈津美の母景子は、化粧品の代理販売店を個人でやっている。これは、三郎が失職する前からだ。が、今や、この収入が家計の支えになっている。

 

奈津美は自分の部屋に入り、カバンをベッドに置き、勉強机に向かって椅子に座った。昼の2時過ぎ。学校からの帰りが早かろうと遅かろうと、父親は何も言わない。奈津美は、学校を1時間目の途中で抜け出してから今まで、閉鎖した中古車販売店跡地で仔猫のミーニャと遊んでいた。

 

2階には2部屋ある。もう一つの部屋は、兄健斗(けんと)の部屋だ。健斗は奈津美と4歳違いの19歳。大学予備校に通っている。

 

(おなか減ったなあ・・・)

奈津美は思わずつぶやいた。

朝から何も食べていない。こんな日が多い。

1階のキッチンに行けば何かあるかもしれないが、そこに行くには、父親のいるリビングを通らなければならない。奈津美は、父親の顔を見るのが嫌だった。

 

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作詞 桜井和寿 作曲 桜井和寿

発売日 2003年 アルバム「シフクノオト」に収録

 

 

シフクノオト

シフクノオト

 

 

 

00’Sー10 ♪赤橙♪ ACIDMAN

7時から朝11時までの工場の仕事を終えると桐原は、いつものように、帰り道にある国道3号線沿いのローソンに寄る。そしてそこで、いつものように、昼食のソーセージパンと缶コーヒーを買い、敷地内の駐車場に停めた自分の車の中でそれらを飲食する。車のラジオをつける。80年代の歌謡曲が流されていた。

今日は、昼から、地元タウン情報誌に掲載するグルメコラムのための取材がある。“コラム”と言っても、桐原はそのすじのプロではない。この仕事は、桐原の高校時代の友人で、現在フリーカメラマンの城崎(しろさき)太一(たいち)から紹介されたものだった。

 

桐原健介は、ここ熊本市の生まれで、市内の進学高校を卒業し、一浪の末、大阪大学経済学部に入学した。

そして大学卒業後、大阪に本社のある大手証券会社に就職。大阪本社にて、営業企画部、総務部、人事部を経たのち、2000年9月、会社の社長・役員の大幅な交代に伴う大規模な人事異動により、出身地である熊本支社に配属、生まれて初めての営業職を任された。

時は、バブル崩壊以降の経済低迷期、桐原は、投資関連商品を売ることに違和感を抱いていた。これが本当に顧客のためになるのか? リスクの方が多き過ぎるのではないか? 顧客の利益よりも会社の利益を優先するこの営業戦略に嫌気がさしてきた。

だから、やる気はゼロ。営業成績は、全営業社員中、6カ月連続ダントツ最下位独走だった。

ついに、2001年3月、会社の第2次大規模リストラ改革の中、桐原は恰好の対象となり、退職となった。

 

ソーセージパンを食べ終え、ドリンクホルダーの中の缶コーヒーに手を伸ばそうとしたとき、黒のMA1タイプのジャケットの左ポケットから携帯電話の着信音が流れてきた。携帯電話を取り出し、画面を開いた。画面には“城崎太一”の文字が表示されていた。

 

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作詞 オオキノブオ 作曲 ACIDMAN

発売日 2002年 アルバム「創」に収録

 

 

創

 

 

赤橙

赤橙

 

00’Sー09 ♪Goes On♪ 10-FEET

原がパート勤務している会社は、熊本市の隣町、大津町にある。発電機を製造し、国内はもとより、ベトナムシンガポール・タイにも輸出販売している、地場の優良企業だ。

敷地内には、平屋建ての、サッカーコート2つ分ほどの大きさの工場があり、それに隣接して、1階に従業員の更衣室と社員食堂、2階に社長室や会議室・営業室・事務室を備えた2階建ての建物がある。そして、それら2つの建物の前には、およそ100台分を収容できる駐車場が設備されている。

従業員は、約300名で、その8割が、工場で製造に携わるパート及びアルバイト社員だ。正社員のほとんどは、営業や商品開発・総務にまわり、工場に配属された正社員は、主にインストラクター的役割を担う。

 

工場に勤め始めて約半年。悪くはない。桐原はそう思っていた。いやむしろ、証券会社時代よりずっとましだ。そうも思っていた。

なにしろ勤務終了時間が来れば、そこでスパッと終わる。やり残しがあってもそこで終了だ。作業は次の担当者に引き継がれる。工場は、朝7時から夜8時まで、途中1時間の昼休みをはさみ、4時間毎に工員を入れ替え、稼働している。

そして、自分が失敗したとき、あるいは、作業に遅れが生じたとき、誰かがカバーしてくれた。老若男女。工場には様々な人たちが働いていた。茶髪の若い女の子、兼業農家の60代の男性、長髪のバンドマン、元自衛隊、主婦、大学生、・・・みんな、お互いについて深くは立ち入らないが、一つのモノを一緒になって作る、ということで繋がっていた。

そう桐原は感じていた。

 

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作詞 TAKUMA 作曲 TAKUMA

発売日 2007年 アルバム「VANDALIZE」に収録

 

 

vandalize

vandalize

 

 

 

Goes On

Goes On

 

00’Sー08 ♪君という花♪                   ASIAN KUNG-FU GENERATION

津美は、机の上の紙屑を無視して、再び、秋の空に目をやった。

そこへ、英語の教師が、

「おーい藤倉、聞いてるか? どこ見てる? ミサイルでも飛んでくるかー?」

と言った。

クラスの生徒は、そのくだらないジョークに、一斉に、必要以上に笑った。

奈津美は、英語の教師の顔を少しだけ見て、カバンを取り出し、紙屑だけを残して、それにテキストなどをしまい、椅子をひいて、立ち上がった。

それから、

「おい、藤倉、・・どーした? どこに行く?・・・」

と言う英語教師の言葉の中、

教室から出て行った。

 

どうせ、それ以上追って来ることはない。問題を大きくしたくはない。

奈津美はそうわかっていた。

担任も連絡してこない。連絡しようにも、奈津美の家の電話はつながらなかった。

 

奈津美は、廊下を歩きながら、ミーニャのことを考えていた。

(ミーニャ、お利口さんにしているかな)

 

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作詞 後藤正文 作曲 後藤正文

発売日 2003年 アルバム「君繋ファイブエム」に収録

 

 

君繋ファイブエム

君繋ファイブエム

 

  

君という花

君という花

 

00’Sー07 ♪traveling♪ 宇多田ヒカル

室は3階にある。1限目の英語の授業。校庭を見下ろす窓際の列の、一番後ろの席に座る藤倉奈津美は、開け放たれた窓の外をぼーっと見ていた。担当の教師は、けして流調とは言えない発音で、テキストの英文を淡々と読み上げている。

奈津美は、この1限目が始まる前の朝のホームルームに、少し遅れて教室に入って来た。担任の教師は、「おー! 来たか」と、ただそれだけだった。そして、クラスの生徒も、「おー!・・・」・・・それだけだった。

 

けして美人ではない、が、奈津美の顔は、すっきりとしていて、どこか、知性を感じさせる。

眉毛の上あたりで揃えられた前髪。少し面長の輪郭に、鼻筋がすーっと通って、目は細いが、笑うと瞳がきらきらと輝き、それまでとは打って変わった表情になる。そして、唇はうすく、いつもはキリッと引き締まっている。

 

そんな奈津美が、外を眺めていると、横の席に座る生徒から、前の席に座る生徒から、次々に、小さく折りたたまれた紙が、何枚かまわって来た。

奈津美は、その中身が何であるか、何が書かれているか、察しがついていた。

“バカ” “帰れ” “来るな” “うざい” “臭い” ・・・そんな類いのものだ。

 

奈津美がいじめを受け始めたのは、今年の4月から、3年生になってまもなくしてからだった。きっかけは、ごく些細なことだ。

奈津美は、その日の前の晩まで3日間、理由があって、風呂に入れなかった。

そしてその日、体育の授業の前、体操服に着替えている中、一人の生徒が、奈津美の髪が臭いと、小声で、他の生徒に耳打ちした。すると、またたく間に、その言葉は、ほぼ全員のクラスの女子生徒に、まわった。さらには、次の授業では、男子にもまわっていた。

 

1度、マトになれば、その役目は長く続く。けして目立つ存在でもなかった奈津美は、それから、恰好のマトとなった。

 

そんな奈津美にも、唯一、ずっとかばってくれていた永崎和歌子という親友がいた。しかし、悪い事は続くものだ。永崎は、夏休み前、父の転勤に伴い、東北の学校に転校した。

 

奈津美は、2学期が始まると、しばしば学校を休むようになった。

 

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作詞 宇多田ヒカル 作曲 宇多田ヒカル

発売日 2001年 アルバム「DEEP RIVER」に収録

 

 

Deep River

Deep River

 

  

traveling

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