鬼木の父親は、元プロボクサーだ。しかし、全戦全敗。プロでは一度も勝てなかった。”それで、プロと言えるのか?”と、以前鬼木からこの話を聞かされた時、良雄はそう言いかけたが、やめた。確かに、鬼木の父親”鬼木吾郎”の風貌は、精悍だ。背が高く、細身だが、それは、余分な贅肉がそぎおとされ、ほとんど筋肉でおおわれている。いつも、厨房の中で表情を変えず黙々と仕事をしているが、良雄が店に来ると、ちらっと良雄を見て、口の端でにやりと微笑む。
鬼木勝彦には2つ年の離れた姉がいる。今は福岡の短大に通っている。その仕送りなど、家計はたいへんだ。だから、鬼木勝彦は、早朝、新聞配達のアルバイトをしている。自転車やバイクを使わず、体を鍛えることもかねて、雨の日もカッパに身をつつみ、ランニングをしながら新聞を配っている。
「そう言えば、ーーー」
鬼木勝彦が、すくっと体をベッドから起こし、畳に座っている良雄に目を向けた。
「なあ良雄、知ってるか? 尾崎のやつ、また喧嘩して補導されたの」
「へっ?・・・い、いつ?」
「きのう。工業高のやつと。知ってるだろ、西郷。あいつと」
「へーーー・・・」
西郷寛太は、この町の工業高校の2年生だ。身長も体重も高校生ばなれした規格サイズで、中学生の頃から、上級生に喧嘩を売り、負けたことがない。
「尾崎やべえぞ、これ以上はもう、退学かもしれねえぞ」
鬼木がそう言った。
良雄の指は、坂田三吉の”通天閣打法”、打球がグーンと空高く消えて行ったところで、止まっていた。
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発売日 1985年 アルバム「シャリ・シャリズム」