尾崎は、夏の制服姿の良雄と違って、私服だった。半袖のTシャツの上に赤色の襟付きのシャツを羽織り、ブルージーンズにスニーカーだった。
「ひっ、さし振りー! 良雄っちゃん!」
軽やかに階段を1段下りて尾崎は、良雄の左側にヒョイと腰をおろした。
「元気ぃー!」 尾崎はきらきらと目を輝かせながらそう言った。
そう言った尾崎の右目の回りには大きなあざがあった。
「ど、どーした? 目・・・」 良雄がそう訊ねると、
尾崎は、「シュッ、シュッ・・・」と言いながら、ボクシングのジェスチャーをした。
そして、「やられちゃった! ハハハ!!」と笑った。
「おっ、何聴いてんのぉ」すぐさま話題を切りかえ尾崎は、良雄が耳にあてようとしていたヘッドフォンを取り上げ、自分の耳にあてた。
頭を軽くゆらしリズムをとりながら尾崎は、
「あっ、これ知ってる」とまた無邪気に笑った。
「おまえさー、セックスしたことあるぅー」
いきなりだった。いきなり尾崎はそう言った。しかも周囲に聞こえるぐらいの大きな声で。
面食らうようにして、良雄は、「い、いやー・・・」と言葉をさがしていると、
尾崎は良雄の左肩をポーッンとたたき、
「変わるぞー、人生。違って見えるって、世界がよー」そう言った。
「あ、あー・・・」良雄がまた言葉をさがしていると、
「ならな! またな!!」もう一度良雄の左肩をたたいてヘッドフォンを良雄に返すと尾崎は、階段を駆け上がり、駐車場の方に行った。
そしてスクーターにまたがり、再度良雄に顔を見せ、
「じゃーねぇー! バイバーイ!!」
と、笑顔で、左手を振り、エンジンを1回強く噴かして、去って行った。
良雄は、尾崎と話をしたのは、実に1年半振りだった。2年生になって理系と文系に分かれ、尾崎は理系に、良雄は文系に行った。クラスが違ったら、お互い話さなくなった。それでなくても、だいたい、尾崎と良雄は、性格も生き方も違う。接点がありそうにない。が、一つだけそれがあったのだった。それは、音楽だった。ロックだった。
良雄は海を見ながら、ルースターズを聴いていた。
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発売日 1981年 アルバム「THE ROOSTERS aーGOGO」