裏通りにある静かな商店街。夕方6時を過ぎるとなおさら静かになる。
開いている店はほとんどない。
和代は、その商店街の半ばにさしかかったところで、左肩後方からせまる、けたたましいバイクのエンジン音を聞いた。
「チーースッ!」
この町の工業高校2年生、西郷寛太だ。そしてその仲間、計3名。それぞれスクーターに乗って、狭い商店街の道路を幅いっぱい横に並び、歩く和代の左側にあらわれた。
「この前はどーも」
1番和代寄りの西郷寛太がまた声をかける。パンチパーマにそり込みを入れ、丸い顔に小さな目。そして100キロぐらいある体重にスクーターが押しつぶされそうだった。
西郷の左向こうには、長髪のリーゼントにサングラスをかけた馬面・胴長の男、その左向こうには、小柄な、まだ中学生のような童顔な男。
3人とも和代を食い入るように見て笑いかける。
「ねー、かずよちゃーん、送っていくからさー、そこで茶―しなーい?」
西郷が数メートル先にある喫茶店を指してそう語りかける。とりあえず和代は無視して、前を向き、歩く。
「ねー、かずよっちゃーん、ちょっと、ちょっとだけ」西郷が執拗にせまる。
「あなたたち、いい加減にしなさいよ!」
和代は歩く速度を少し上げながら、西郷をキッとにらんでそう言った。
「おー、こえ~。 きょうは、正義の味方はあらわれないようだな。へへへ」
西郷のその言葉に他の2人も笑ったとき、和代はピタッと足をとめ、きびすをかえし、逆方向に走り出した。不意を突かれた西郷は、自分もUターンしようとしたが、バランスをくずし、スクーターごと右側に倒れた。
他の2人が慌てて西郷を起こそうとする。和代の脚は速かった。西郷が起き上がったときには、もう和代の姿は見えなかった。
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発売日 1986年 アルバム「峠のわが家」に収録