オロナミンCを飲み終えると和代は、老婆に断りを得て、たばこ屋の黒電話をかりた。
そして自宅の電話番号を回し、和代の母に、たばこ屋まで迎えに来てほしい旨を伝えた。
夕飯の支度をしていた和代の母、由美子は、30分ほどして、赤のアルトに乗って、たばこ屋にやってきた。
由美子は老婆に、礼を言って、円状にきれいに盛り付けられたイカの刺し身を上からラップした、陶器の中皿を渡した。
老婆はたいへん喜び、「じいさんも大好物じゃ」と言った。
たばこ屋から車で5分。木造アパートの2階。
2DKの海江田家のその日の晩御飯にもイカの刺し身があった。
イカは、福田良雄の母、敏子からもらったものだった。
これに、アジのフライ、トマトとレタスが添えられたポテトサラダ、ごはんに豆腐とわかめの味噌汁。手洗いうがいを済ませ、グレーの上下のスェットに着替えた和代は、畳に敷いた座布団に座り、「いただきまーす」と言って手を合わせ、円テーブルの上の御馳走に箸をのばした。
「うーん、このイカ、おいしいね」
和代は、差し向かいの由美子に、目を大きく開いてそう言った。
由美子には、今日のことも、そしてこの前のことも、本当のことを言っていない。
ただ”体調が悪くなって、たばこ屋さんで休憩していた。”とだけしか言っていない。
和代は、母由美子に、これ以上悩みの種を持ち込んだらいけない、そう思っていたからだ。
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発売日 1981年 アルバム「昨晩お会いしましょう」に収録
- アーティスト: 松任谷由実
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