午前2時前。尾崎健吾は、自宅の広いリビングの片隅で、あぐらをかき、テレビに向かってゲームをやっていた。“ドンキーコング”。せつないゲーム音が静かなリビングに響く。赤い襟付きのシャツにブルージーンズ。尾崎健吾は、今朝と同じ服装だった。
そのリビングから少し離れたところにある、玄関の引き戸が開く音がする。入って来たのは、尾崎健吾の母尾崎千佳子と、千佳子の愛人宮園浩次だった。2人はそれぞれ靴を脱ぎ、正面のリビングに向かって真っすぐ伸びる廊下を歩く。そして、リビングの扉を引く。
「まーた健吾、鍵開けっ放しでー」
カールを巻いた長い髪、派手めの化粧。千佳子は金色のハンドバッグをソファーに放りながらそう言った。夏のせいもあるのか、千佳子は少し露出度のある背中の開いたブルーのワンピースに、ベージュのサマーカーディガンを羽織っていた。
ぴくりともせずにテレビ画面に向かって、マリオを操る健吾。
「こんばんは」
続いて紺色のスーツに黒色と黄色のストライプ模様のネクタイを締めた宮園が、健吾に挨拶をした。
それでもこちらを見ようとしない健吾に、千佳子が、
「健吾ぉー、挨拶ぐらいしなさいよー」
酔っているらしく、ソファーに倒れ込むようにして座って言った。
「まあまあ、いいじゃないですか」
30代半ば。すらっと伸びた長身に、少し長めの髪をポマードでなでつけ、縁なしの眼鏡をかけた宮園が仲裁に入った。
「うっせえなあ!」
健吾は、持っていたファミコンのコントローラーを投げ出し、立ち上がると、リビングの扉を押し開け、廊下を行き、玄関で踵のつぶれたスニーカーをひっかけ、戸を開けて出て行った。
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発売日 1986年 アルバム「JUST A HERO」に収録