教室に入ると、”何やらいつもの雰囲気と違う”、そう良雄は感じた。
良雄の席のすぐ前は、和代の席だ。そこに、人だかりができている。良雄のクラスは文系だ。クラス人数34人の内、21人が女子だ。その21人がすべて集まっているようだった。その中の1人、安藤聖子が、「う~、さびしくなる~」と言っている。
昨日の晩、和代と和代の母由美子が暮らすアパートに、和代の父純平から電話があった。
純平は、約2年間、朝から夜中まで、ほぼ毎日、アルバイトを含め働き続け、事業投資で騙され、不本意にも自分の負債となってしまったそれを、全て返済した。そして、再び、自分の店を持った。
今度は、移動販売車だ。ピザやパスタなど、そのワンボックスカーの中で調理し、販売する。
住まいも確保した。都心の外れにある、周りは、田んぼや畑に囲まれた、古いが、家賃は格安の、平屋の一軒家だ。部屋数は多く、家族3人で住むには十分すぎるくらいだ。
話を聞いた和代は即決した。“すぐ帰るよ”と純平に言った。母由美子にも、反対する理由は無かった。
「ということはさー、あんまり時間もないんだね」和代と同じバスケ部の徳之島明子の声がした。和代は、来月8月のお盆前に、この街から引っ越すらしい。
1限目の地理の担当教師が、教室に入ってきた。人だかりが解け、みんな席に着く。すぐそばで、突っ立ったままでいた良雄も、ようやく席に着く。
早速、小テストだった。プリント用紙が、前の席からリレー形式で渡って来る。和代が、振り向きざま、良雄に用紙を渡す時、
「ねえ良雄、きょう午後から暇?」と言った。
“ドキッ!”良雄は心の中でそうつぶやいた。
「あのさあ、今日、鬼木のとこで、みんなでお好み焼き食べようと思うんだけど。良雄もどう?」
和代が続けてそう言った。
そこに、和代の左隣の席に座る安藤聖子が、
「何? 良雄、もしかして和代と二人っきりだと思った?」と良雄に言った。
「馬鹿な、そんな・・・」
少し顔が赤くなった良雄が、そう言った。
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発売日 1987年 アルバム「CASINO DRIVE」に収録