この街の駅は、街の中心部アーケード街から、北へ約3キロメートル上った、国道沿いから少し東へ入ったところにある。駅舎の手前には、小さなロータリーがあり、中心には噴水と池が設置されている。駅舎は、古く、そして狭い。入って、左手に切符売り場があり、右手に売店がある。ホームは、上りと下りの2か所だけだ。その上りのホームに、今、何人かの人が立っていた。午前9時52分発の普通列車の到着を待つ。天気は今日も快晴だ。青空に一筋の雲が流れている。
「ごめんなあ、皆ほとんどお盆で、見送りに来れ無くてなあ、全員ではないけど」
と、今日は、白の半袖ワイシャツに青地に白の水玉模様のネクタイをしめ、紺のスラックス姿の大久保清人が、和代と和代の母由美子に言った。
大久保清人の横には、安藤聖子と徳之島明子が、並んで立っている。
「大丈夫だよ先生、そんな、気をつかわなくたって。送別会もやってもらったし。ありがとうございます」和代が言った。
おととい、午前中だけの補講が終わったあと、教室で、お菓子やジュースを持ち込んで、歌や漫才などの余興を挟みながら、和代の送別会が行われた。
「そうですよ、先生。先生もお忙しいのに、わざわざすいません。みんなもね、本当、ありがとう」と、和代の母由美子が、大久保清人と、安藤聖子、徳之島明子に、頭を下げる。
「そんなー、もー、ねー、わたしたち、ホント、暇ですから」
安藤聖子と徳之島明子は、お互いに顔を見合わせながら、母由美子に、そう言った。
やがて、南の方から、3両編成の列車がやって来た。アナウンスが流れる。それに折り重なるように、到着を知らせるベルが鳴る。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「みなさん本当、ありがとうございました」
和代と和代の母由美子が、それぞれ言う。
列車が、ホームに停車した。自動扉が開く。
「頑張ってね、ありがとう」と、安藤聖子。
「手紙書くね」と、徳之島明子。
そして、大久保清人が、「じゃあな」と、和代に言ったあと、和代の母由美子に頭を下げた。
自動扉が閉まり、列車は、動き出した。
動いたあとも、乗降口の窓の向こうから、和代と和代の母由美子は、手を振り続けた。
列車は、北へと進み、加速するとホームから見えなくなった。
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発売日 1989年 アルバム「TRAINーTRAIN」に収録