「行ってみっか」鬼木が言った。
3人は、すっと、腰を上げ、コンクリートの階段を上がり、駐車場に出た。駐車場には、駐車場の敷地内にあるドライブインの従業員、あるいは、近所の民家の住人など、すでに何人かの人がいた。そして、線路の上、列車の先頭車両のすぐ先に、子鹿が座りこんでいた。
この地区にある港から、沖に中型船で10分程行った先に、周囲約3キロメートルの無人島がある。ここは、日本でも有数の美しい浜辺のある海水浴場があり、夏になると、県内外からの観光客でにぎわう。そして、ここに、もう一つの観光名物、無数の自然の鹿がいるのだ。
まさか、こんな所まで、まぎれて来たのか? それとも、誰かが連れてきたのか?
詳細は分からなかったが、とにかく、子鹿を線路から移動させなければならなかった。
良雄たちを含め、ドライブインの従業員、近所の人たちも加わり、子鹿を、誰かが持ってきた毛布に移すため、みんなで抱えた。子鹿は、レールにつまずいたのか、前脚を負傷して、血をながしていた。
子鹿を、毛布に移した時、1両目の車両の窓から、声がした。
「おいっ!」
和代が、窓から顔を出し、良雄たちを見ていた。
「ゲッ!」
尾崎が言った。
「なーんだ、この列車だったのかー」
鬼木がそう言いながら、和代の方を見上げた。
「何やってんのぉ、朝からボランティア? 良いことだ」
和代がそう言って、微笑む。
「あ、そうだ、良雄、今だ、言えよ。チャンス、チャンス!」
鬼木が良雄に向かって言うと、
「おう、そうそう、言っちゃえ、言っちゃえ」
尾崎も続けて、良雄をけしかけた。
「なに?なに?」
和代が目をくりくりさせながら、3人の方を見る。
「あのさ、おれ、和代のことが、好きだ・・・」
良雄は、和代が顔を出している窓の真下から、和代を見上げて、そう言った。
「プッ」
尾崎が右手で口を覆って失笑した。
「おまえ、いきなり過ぎるだろ」
鬼木が、ささやくように、良雄に言う。
しかし、
「良雄、わたしも、好きだよ」
そう、和代が、眼下の良雄に向かって言った。
「ヒューッ」尾崎が、口笛を吹くように言った。
「えっ!」続いて、鬼木がおどろく。
その瞬間、列車は動き出した。
“え~、みなさま~、たいへん長らく~、お待たせいたし・・・”
車内のアナウンスが聞こえてくる。
“列車は、10分ほど遅れて、発車いたします・・・”
”ご乗客の~、みなさまには~、たいへん~、ご迷惑おかけ・・・”
ゆっくりと、ゆっくりと、進んで、加速して行く。
和代は、3人に、手を振った。
「じゃあねえ、バイバーイ!」
どこからともなく、風が吹いてきた。
3人も、手を振った。いや、良雄は、半ば放心状態路、だった。
だが、2人に遅れて、ようやく手を上に挙げ、その手を左右に振った。
列車は、今度こそ本当に見えなくなった。
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発売日 1981年 アルバム「No Damage」に収録