教室は3階にある。1限目の英語の授業。校庭を見下ろす窓際の列の、一番後ろの席に座る藤倉奈津美は、開け放たれた窓の外をぼーっと見ていた。担当の教師は、けして流調とは言えない発音で、テキストの英文を淡々と読み上げている。
奈津美は、この1限目が始まる前の朝のホームルームに、少し遅れて教室に入って来た。担任の教師は、「おー! 来たか」と、ただそれだけだった。そして、クラスの生徒も、「おー!・・・」・・・それだけだった。
けして美人ではない、が、奈津美の顔は、すっきりとしていて、どこか、知性を感じさせる。
眉毛の上あたりで揃えられた前髪。少し面長の輪郭に、鼻筋がすーっと通って、目は細いが、笑うと瞳がきらきらと輝き、それまでとは打って変わった表情になる。そして、唇はうすく、いつもはキリッと引き締まっている。
そんな奈津美が、外を眺めていると、横の席に座る生徒から、前の席に座る生徒から、次々に、小さく折りたたまれた紙が、何枚かまわって来た。
奈津美は、その中身が何であるか、何が書かれているか、察しがついていた。
“バカ” “帰れ” “来るな” “うざい” “臭い” ・・・そんな類いのものだ。
奈津美がいじめを受け始めたのは、今年の4月から、3年生になってまもなくしてからだった。きっかけは、ごく些細なことだ。
奈津美は、その日の前の晩まで3日間、理由があって、風呂に入れなかった。
そしてその日、体育の授業の前、体操服に着替えている中、一人の生徒が、奈津美の髪が臭いと、小声で、他の生徒に耳打ちした。すると、またたく間に、その言葉は、ほぼ全員のクラスの女子生徒に、まわった。さらには、次の授業では、男子にもまわっていた。
1度、マトになれば、その役目は長く続く。けして目立つ存在でもなかった奈津美は、それから、恰好のマトとなった。
そんな奈津美にも、唯一、ずっとかばってくれていた永崎和歌子という親友がいた。しかし、悪い事は続くものだ。永崎は、夏休み前、父の転勤に伴い、東北の学校に転校した。
奈津美は、2学期が始まると、しばしば学校を休むようになった。
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発売日 2001年 アルバム「DEEP RIVER」に収録
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