J-Song Stories

00年代の日本のロック・ポップをBGMにえがいた人間"熱いぜ"ストーリーです。

00’Sー11 ♪くるみ♪ Mr.Children

道57号線の南側には新興住宅地が広がる。この10年ほどのあいだに、それまであった田畑はつぶされ、宅地になり、次々に戸建ての住宅が建った。

 

藤倉奈津美の家はこの住宅街の一角にある。2階建て、白色の外壁、小さな庭。小ぢんまりとした造りの建物は、隣近所にも数軒建っている。

 

学校指定の白色のカバンを襷掛けにぶら下げた奈津美が、自分の家の玄関前に立ち止まる。そしてカバンの中から家の鍵を取り出し、玄関ドアの鍵穴にそれを差し込む。

 

奈津美の父三郎は、今年の春先から失業中だ。勤めていた地元百貨店が今年3月末に閉店した。三郎はそこで支配人を担当していた。大学卒業後入社し、25年間百貨店一筋で勤めてきた三郎にとって、閉店、そして解雇は、本人の予想を超えた、大きなショックだった。三郎は、6月くらいまでは、ハローワークに通っていたが、選り好みするためか、どれも決め手を見いだせず、7月からは、家に閉じこもりがちになり、リビングのソファーに座り込んでいる毎日だ。

 

玄関の扉を開け、家に上がった奈津美は、右手にあるリビングのドアを横目に、前方の階段を上った。

 

奈津美の母景子は、三郎が失職する前から各種保険を取り扱う保険代理店を個人で営んでいる。またそのほかに、去年の10月から女性の友人2人と共にアトピーなどの皮膚トラブル対策に効果的な無添加の石鹸を手作りして販売している。この手作り石鹸が、今年の春に地元テレビ局のローカル情報番組で取り上げられ、家庭の主婦3人が起業して活動しているというスタイルも話題になり、更には県内に唯一残された創業50年の老舗百貨店に売場が設けられ、少しずつ売上を伸ばして来ていた。

今や、これらの景子の収入が家計の支えになっている。

 

奈津美は自分の部屋に入り、カバンをベッドに置き、勉強机に向かって椅子に座った。昼の2時過ぎ。学校からの帰りが早かろうと遅かろうと、父親は何も言わない。奈津美は、学校を1時間目の途中で抜け出してから今まで、閉鎖した中古車販売店跡地で仔猫のミーニャと遊んでいた。

 

2階には2部屋ある。もう一つの部屋は、兄健斗(けんと)の部屋だ。健斗は奈津美と4歳違いの19歳。地元の高校を卒業したがその後進学も就職もせず、ほとんど毎日、自分の部屋でテレビにプレイステーションを繋いで夜遅くまでゲームをしている。

 

(おなか減ったなあ・・・)

奈津美は思わずつぶやいた。

朝から何も食べていない。こんな日が多い。

1階のキッチンに行けば何かあるかもしれないが、そこに行くには、父親のいるリビングを通らなければならない。奈津美は、父親の顔を見るのが嫌だった。

 

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作詞 桜井和寿 作曲 桜井和寿

発売日 2003年 アルバム「シフクノオト」に収録

 

 

シフクノオト

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