正午前。 桐原は午前7時から午前11時までの工場のバイトが終わるといつものように国道57号線沿いにあるコンビニエンスストアに立ち寄る。 そして決まって甘い缶コーヒーとソーセージパンを買う。 "飽きもせずまたこのお客さん缶コーヒーとソーセージパ…
「どこ行ったんだろう?」 奈津美は、100台はあると思われる放置された車一台一台の横や下を見てまわった。事務所の回りも何周とまわった。 しかしミーニャの姿はなかった。気配がなかった。 奈津美は中古車販売店の敷地を出て、歩道に立ち考える。 目の…
朝。藤倉奈津美はいつものように学校に行く前にミーニャに会いに行く。 国道57号線を熊本市内方面に向かって進み、左手にあるコンビニエンスストアのすぐ先の閉鎖された中古車販売店。 その敷地内にミーニャはいる。 奈津美は、コンビニでミーニャの朝ごは…
健介の妻浩子から、もうかれこれ6カ月、そう浩子が熊本を離れ実家のある大阪に帰って以来、まったく電話が無い。 ただ、写真が添付されただけのメールはしばしば送られて来る。それらはすべて娘彩香の写真だ。 大阪の小学校に登校しているようで、制服姿や…
夜。桐原健介は、自宅の1LDKのアパートの部屋で、デスクトップパソコンと向き合っていた。 きょう訪問したラーメン店『白龍亭』の原稿をまとめている。 殺風景なこの畳の部屋はパソコンから出ているファンの音以外は無く静かだ。 アパートの周辺も日中も…
しかし今年の4月頃から、父三郎そして兄健斗も家にいるようになり奈津美は家で歌うことができなくなっていった。 そんな中、ついこないだの或る日の夜、 母はいつものように仕事、 そして父は、前の勤務先、倒産した会社の元上司と飲み会、 兄も珍しく友だち…
小学校に上がると奈津美は、学校から家に帰ってくると、誰もいないリビングをステージに見立てて、ひとり熱唱した。 その頃その時間帯は、両親は共働きで兄はジュニアサッカーの練習に行っていて、家には奈津美ひとりしかいなかったのだ。 ドリカムや大黒摩…
奈津美は、コロッケをひと口食べながら、制服のスカートのポケットから1本のカセットテープを取り出した。 そしてそれを赤いお気に入りのラジカセにセットする。 ながれて来たのは、 奈津美が歌っているミニー・リパートンの『ラヴィン・ユー』だ。 奈津美…
藤倉家のある住宅街から約200メートル離れたところに、今年の4月にオープンした駐車スペース500台数を誇る広大なショッピングモールがある。 ショッピングモールは、その大規模な駐車場を囲むようにして、スーパーマーケット、ドラッグストア、ゲーム…
奈津美は、電子レンジの中を回る弁当を見つめていた。 黄色い光に照らされてぐるぐる回るスーパーの弁当。 温め終了まであと30秒のところで、 静寂に終止符を打つかのように、母景子の携帯電話が鳴った。 顧客からの電話だった。 母景子は、嘘のようにトー…
うっすらと無精ひげを生やした三郎は、ゆっくりと景子の方に顔を向けた。 三郎の目線はしかし、景子の顔ではなく、その背後でたたずむ奈津美の方に行った。 すかさず、三郎の視線の方に、景子も目をやる。 「あっ、奈津美、・・・。お弁当・・・、今からチン…
「あのさぁ、いい加減にしてくれない?」 藤倉景子は夫の藤倉三郎にそう言った。 さらに、 「一体いつまでこんなことしてるの?」 と、詰め寄る。 藤倉三郎はテレビの前のソファーに座っている。 ソファーとテレビのあいだには、ガラス板のローテーブルがあ…
相変わらず、風のような奴だな。取り残された桐原はそう思いながら、残っていたスープを、自分もどんぶりを両手で持って、飲みほした。 そして、俺も人には言えない。妻と別居中だ。中途半端なのだ。そう考えた。 それに、俺はまだ何もやっていない。小説を…
「で、・・・」 少しずつ食欲がわいてきた桐原が、口に麺をふくんだまま、差し向かいの城崎に顔を向ける。 「なんで、遅れたんだよ。また、オンナか?」 「いやいや」 城崎は箸を止め、顔を桐原の方に向けて、にやりと微笑んだ。 「何笑ってんだよ、あほか」…
うすい黄金色のスープに、たまご縮れ麺、その上に、木耳、メンマ、そして 3枚の自家製チャーシュー。これで1杯550円だ。 ロン毛の城崎が、愛器のNikonで、その被写体を斜め上方向からとらえ、シャッターを切っていく。 このラーメン店『白龍亭』の…
城崎太一は電話で伝えていた時間より30分遅れてラーメン店に到着した。 ここは、熊本市の繁華街、上通アーケード街にある、創業40年のラーメン店だ。熊本では珍しく、鶏がらスープのラーメンだ。 店内は清潔感にあふれ、壁は上質な木材で造られている。 …
奈津美は、机の引き出しを開け、そこから明治アーモンドチョコレートの箱を取り出した。そして、箱の中から一粒つまみ、それを口に放り込んだ。次にラヂオをつけた。机の上に載った、コンパクトタイプの赤いCDラジカセ。民放のFM,エフエム熊本を聴く。…
国道57号線の南側には新興住宅地が広がる。この10年ほどのあいだに、それまであった田畑はつぶされ、宅地になり、次々に戸建ての住宅が建った。 藤倉奈津美の家はこの住宅街の一角にある。2階建て、白色の外壁、小さな庭。小ぢんまりとした造りの建物は…
朝7時から朝11時までの工場の仕事を終えると桐原は、いつものように、帰り道にある国道3号線沿いのローソンに寄る。そしてそこで、いつものように、昼食のソーセージパンと缶コーヒーを買い、敷地内の駐車場に停めた自分の車の中でそれらを飲食する。車…
桐原がパート勤務している会社は、熊本市の隣町、大津町にある。発電機を製造し、国内はもとより、ベトナムやシンガポール・タイにも輸出販売している、地場の優良企業だ。 敷地内には、平屋建ての、サッカーコート2つ分ほどの大きさの工場があり、それに隣…
奈津美は、机の上の紙屑を無視して、再び、秋の空に目をやった。 そこへ、英語の教師が、 「おーい藤倉、聞いてるか? どこ見てる? ミサイルでも飛んでくるかー?」 と言った。 クラスの生徒は、そのくだらないジョークに、一斉に、必要以上に笑った。 奈津…
教室は3階にある。1限目の英語の授業。校庭を見下ろす窓際の列の、一番後ろの席に座る藤倉奈津美は、開け放たれた窓の外をぼーっと見ていた。担当の教師は、けして流調とは言えない発音で、テキストの英文を淡々と読み上げている。 奈津美は、この1限目が…
朝7時30分。中学3年生の藤倉奈津美は、学校に向かう途中にある、国道57号線沿いのコンビニに寄り、そこで、125ミリリットルの紙パックの牛乳を買う。自分の朝食のため、ではなく、猫の朝食のためだ。 コンビニの隣に、閉店して、何もかもがそのまま…
桐原は、午後1時から午後5時まで小説を書いたあと、夕食の準備にとりかかる。 自炊は、この6カ月のあいだでだいぶ慣れた。面倒なことはしない。至って簡単、手抜き料理だ。 きょうは、卵と豆腐ともやしの炒め物だ。 まず、卵2個をオリーブ油をひいたフラ…
桐原はこれまで、証券会社勤務時代に2回、書き終えた自作の小説を、文芸誌のコンテストに応募したことがある。しかし、いずれも、第一次審査にも引っかからず、砕け散った。今回、自身3作目を書いている。 桐原には、別居中の妻と小学一年生の娘がいる。6…
桐原健介の住むアパートは、木造2階建て、1階と2階にそれぞれ、バストイレ付きの1DKが3部屋ずつある。桐原の部屋は、1階の真ん中の部屋だ。 アパートは、国道57号線から、南に3キロメートル程入ったところの住宅地の中にある。アパートから、桐原の勤…
桐原が勤務する工場では、海外向けに出荷する“発電機”を製造している。製造方法は、ライン製造と呼ばれるもので、長さ約50メートルの直線のレーンをあいだに挟み、合計約100名の工員が1メートル置きに向かい合わせになるかたちで並び、約50の工程に…
男は、午前中だけの工場でのパート勤務を終えると、きまって国道57号線沿いにあるコンビニに立ち寄り、そこで、きまって、ソーセージパンと温かい缶コーヒーを買う。 「パン、温めますか」 若い女性の店員がたずねた。 「はい」 男が答える。 男の名前は、…