J-Song Stories

00年代の日本のロック・ポップをBGMにえがいた人間"熱いぜ"ストーリーです。

80’Sー28 ♪こっちをお向きよソフィア♪ 山下久美子

雄はこれまでの人生で1度も女の子に告白したことがなかった。ましてや言い寄られたこともない。だから、彼女いない歴18年だ。

網戸越しに、海からの風が入って来る。夜は扇風機もいらない。良雄は自分の部屋で、横にしたボールペンを上唇と鼻の間に挟み、ラジカセにつないだヘッドフォンを耳にあて、タモリオールナイトニッポンを聞いていた。

一緒の部屋の弟の洋介は、2段ベッドの上で、爆睡中だ。洋介は、良雄と違ってモテる。容姿は2人ともほぼ変わらず、身長170センチほど、痩せても太ってもいない体系で、さして何の特徴もない顔立ち、なのだが、洋介は、スポーツができた。中学のサッカー部、ポジションはFW、キャプテンだ。小学生の頃から、毎年バレンタインデイには、チョコレートやプレゼントを何十個ともらってくる。

“おそらく彼女もいるのだろう。”と、良雄は思っている。兄弟間において、そういった話は、まったくしない。良雄はロックミュージックが好きだが、洋介はアイドル歌謡曲を好む。洋介が寝るベッドの上、天井には、石川秀美の等身大のポスターがはられている。

良雄は、上唇と鼻の間に挟んでいたボールペンをはずし、手に取りなおし、今度は、その手の中で、人差し指を支点に親指と中指を使ってクルクルと回し始めた。

“告白するっていってもなー”

良雄はボールペンを回しながら、目の前の壁にはってあるポスターを見た。

それは、ローリングストーンズの、分厚い唇から舌が出ているポスターだ。

「ミキ、ちゃん・・・」洋介が寝ごとを言っている。

“誰だよ、みきって” 良雄の耳には、今度は、タモリの作った中国語が入ってきた。

 

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作詞 康珍化 作曲 大澤誉志幸

発売日 1983年 アルバム「Sophia」に収録

 

 

 

 

 

Sophia

Sophia

 

 

80’Sー27 ♪STOP BREAKIN’ DOWN♪ THE PRIVATES

ょうどその時、2階から鬼木和彦が下りて来た。鬼木は大学へは進学せず、地元が昨年,工場誘致したNECに就職する予定だ。そして、働きながらプロのボクサーを目指す。だから、夏休みに行われている課外授業には出席しない。朝の新聞配達を終え、2階にある自分の部屋でひと眠りしていたところ、先ほど、母親から良雄たちが店に来ていると知らされ、起こされた。

すべり込むようにして、鬼木が良雄の隣に座る。良雄は、お好み焼きが入った皿を抱え、隣の椅子に移った。青と白のストライプの短パンに、“adidas”と胸に書かれた白のTシャツを着た鬼木は、寝ぐせのついた髪をかきあげながら、

「何? 今日は。何かあったの?」と言った。

斜向かいの安藤聖子が言う。

「和代がね、東京に戻っちゃうの。この夏休み中に」

「へええ」いつもはクールな鬼木が、目を見開いてめずらしく驚いた表情を見せると、隣の良雄に、

「良雄、いいのかよ。当たって砕けろだ。最後、言っちゃえよ」と言った。

「なんだ、鬼木、知ってたの?」

鬼木の目の前の徳之島明子が、なぜかうれしそうに、微笑みながらそう言った。

「ああ、いつも言ってるもんな。和代ちゃあん、和代ちゃあん、て」

「言ってねーよ」良雄が反論する。

 

その頃、お好み焼き屋の外では、遅れて来た海江田和代が、店の玄関の引き戸を開けようとしていた。しかし和代は、開けるのを一旦やめ、何気なく、後ろを振り返った。

往復2車線の国道を挟んだ向こう側、理髪店の前あたりに、赤シャツを着て、ブルージーンズの両ポケットの手を突っ込んだ姿の尾崎健吾がいた。

車が行き交う向こうで、尾崎は少しはにかみながら、右手をポケットから出し、そのままその手を顔の右目のあたりまで上げ、警察官の敬礼のジェスチャーをした。

和代も笑いながら、同じようなポーズをとった。

そのあと、尾崎は商店街を南の方へ歩いて行った。和代はしばらくその姿を見送っていたが、やがて、引き戸を開け、お好み焼きの中へと入って行った。

 

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作詞 延原達治 作曲 延原達治 手塚稔 

発売日 1988年 アルバム「MONKEY PATROL」に収録

 

 

MONKEY PATROL

MONKEY PATROL

 

 

 

80’Sー26 ♪ラ・ヴィアンローズ♪ 吉川晃司

好み焼き屋の中は、ちょうど昼時、満席だった。商店街の近くには市役所があり、公務員の客も多い。店内は、入って左側に、8人が座れるL字型のカウンターがあり、右側に、カウンターと平行して、4人掛けのテーブル席が3つ並んでいる。良雄たちは、入り口から見て、奥のテーブル席にいた。テーブルの入り口側の方に、安藤聖子と徳之島明子が並んで座り、その向かいに良雄がいた。

「和代、来月のお盆にもう、東京に行っちゃうんだって」

クラス委員長の安藤聖子が、“おにき屋特製モダン焼き”を食べながら、隣の徳之島明子にそう言う。

「急なんだね」

徳之島明子がこたえる。徳之島明子は運動神経抜群だ。体育祭では毎年全校リレーのアンカーをつとめる。そんな徳之島明子が、

「良雄、今しかないよ! 告白するなら」と、目の前の良雄に、こちらは、“おにき屋特製オム焼きそば”を頬張りながら、そう言った。

「そうそう、言っちゃえ、言っちゃえ」

赤い縁取りの眼鏡をかけた安藤聖子も、けしかける。

良雄は、“豚バラとキムチのお好み焼き”を食べていた。そして、とりあえず、

 「なに言っちゃってんだよ」

そう言って、おどけてみせた。

 

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作詞 売野雅勇 作曲 大澤誉志幸

発売日 1984年 アルバム「LA VIE EN ROSE」に収録

 

 

LA VIE EN ROSE

LA VIE EN ROSE

 

 

 

LA VIE EN ROSE

LA VIE EN ROSE

  • 吉川晃司
  • ロック
  • ¥250

 

80’Sー25 ♪以心電信♪ イエロー・マジック・オーケストラ

の街の商店街は、東シナ海を横目に、南北に伸びる片側2車線の国道3号線を挟んで、西と東に軒を連ねている。古くなって錆びれたアーケードの中、同じく古びたふうの店が、並んでいる。唯一、新しいと言えば、昨年の年末オープンした24時間営業のほっかほっか弁当だ。

安藤聖子と徳之島明子、そして、良雄は、午前中だけ行われる夏休み期間中の課外授業が終わると、鬼木和彦の両親が営むお好み焼き屋に行った。海江田和代は、部活の後輩から相談を持ち掛けられたため、遅れてくるとのことだった。

鬼木和彦の両親が営むお好み焼き屋は、商店街のほぼ真ん中、東側にある。その向かいの、西側には、理髪店がある。そしてその理髪店の北側に、さらに東の方に向かって行く路地がある。その路地を少し行った右手に、尾崎健吾の祖母が経営するたばこ屋がある。その2階の部屋で、尾崎健吾は、ベッドの中、まだ熟睡中だ。

 

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作詞 細野晴臣 ピーター・バラカン 作曲 坂本龍一 高橋幸宏

発売日 1983年 アルバム「サーヴィス」に収録

 

 

サーヴィス

サーヴィス

 

 

 

I-SHIN DEN-SHIN

I-SHIN DEN-SHIN

 

80’Sー24 ♪CASINO DRIVE♪ RED WARRIORS

室に入ると、”何やらいつもの雰囲気と違う”、そう良雄は感じた。

良雄の席のすぐ前は、和代の席だ。そこに、人だかりができている。良雄のクラスは文系だ。クラス人数34人の内、21人が女子だ。その21人がすべて集まっているようだった。その中の1人、安藤聖子が、「う~、さびしくなる~」と言っている。

昨日の晩、和代と和代の母由美子が暮らすアパートに、和代の父純平から電話があった。

純平は、約2年間、朝から夜中まで、ほぼ毎日、アルバイトを含め働き続け、事業投資で騙され、不本意にも自分の負債となってしまったそれを、全て返済した。そして、再び、自分の店を持った。

今度は、移動販売車だ。ピザやパスタなど、そのワンボックスカーの中で調理し、販売する。

住まいも確保した。都心の外れにある、周りは、田んぼや畑に囲まれた、古いが、家賃は格安の、平屋の一軒家だ。部屋数は多く、家族3人で住むには十分すぎるくらいだ。

話を聞いた和代は即決した。“すぐ帰るよ”と純平に言った。母由美子にも、反対する理由は無かった。

「ということはさー、あんまり時間もないんだね」和代と同じバスケ部の徳之島明子の声がした。和代は、来月8月のお盆前に、この街から引っ越すらしい。

1限目の地理の担当教師が、教室に入ってきた。人だかりが解け、みんな席に着く。すぐそばで、突っ立ったままでいた良雄も、ようやく席に着く。

早速、小テストだった。プリント用紙が、前の席からリレー形式で渡って来る。和代が、振り向きざま、良雄に用紙を渡す時、

「ねえ良雄、きょう午後から暇?」と言った。

“ドキッ!”良雄は心の中でそうつぶやいた。

「あのさあ、今日、鬼木のとこで、みんなでお好み焼き食べようと思うんだけど。良雄もどう?」

和代が続けてそう言った。

そこに、和代の左隣の席に座る安藤聖子が、

「何? 良雄、もしかして和代と二人っきりだと思った?」と良雄に言った。

「馬鹿な、そんな・・・」

少し顔が赤くなった良雄が、そう言った。

 

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作詞 木暮武彦 作曲 木暮武彦

発売日 1987年 アルバム「CASINO DRIVE」に収録

 

 

CASINO DRIVE

CASINO DRIVE

 

 

 

Casino Drive

Casino Drive

 

80’Sー23 ♪人にやさしく♪ THE BLUE HEARTS

店街の右側を歩いていた尾崎は、理髪店の前を通り過ぎると、右に曲がった。細い路地。数メートル行くと、右手に、尾崎の祖母絹子が経営するたばこ屋がある。たばこを販売する店舗の部分はシャッターが下りている。その左横、左右に開く引き戸のすりガラスを、尾崎は、2回、軽くノックした。

尾崎が来ることが分かっていたかのように、絹子はすぐに出て来た。そして、クリーム色の少しああせたカーテンを開け、鍵をはずし、引き戸をひいた。

「なーんけ、今頃?」

絹子は、自分が発したその言葉ほど、本心から驚いている様子はなかった。“いつものことだ。” そう思いながら、尾崎を中に入れ、戸を閉め、鍵をかけ、カーテンでその戸を覆った。

尾崎は、高校生の今でも、こうやってたまに、祖母の所に行く。そしてかつて母千佳子が使っていた2階の部屋で寝る。木製のベッドには、いつも太陽の香りがするふかふかの布団が敷いてあった。尾崎はそこに、ジーンズに赤いシャツの姿のまま、寝っころがった。

夜中の3時過ぎ。枕元の窓から見える、ぼんやりと輝く月を眺めながら、尾崎は思った。《いいじゃねえか、とっとと結婚しちまえば。》

尾崎の母千佳子の愛人、宮園浩次は、地元でナンバーワンを誇る住宅建設会社の2代目社長だ。千佳子より2つ年下のその社長は、先代の父の社長時代には無かった、新しい建設技術や社員研修・福利厚生を導入し、会社の業績を一気に伸ばした。千佳子の経営するスナック“ブルーシャトウ”は、先代の社長も、会社の接待やプライベートでも利用していた。二人の結婚は、地元のそれをあまり良く思わない声もあったが、先代の社長が承認したことによって、治まった。

問題は、千佳子が健吾に、その結婚について、まだ何も言っていないことだった。

《毎晩のように彼を家に連れてきながら、肝心なことは何も言わない。おそらく、切り出せないのだ。何と言っていいのか、言い方が分からないのだ。》健吾は、そう千佳子のことを理解していた。《女手ひとつで自分を育ててきて、店を持ち、家を建てた。そんな思い出が、“壊れてしまうのではないか”。そう母は感じている。》と、健吾は思っていた。

しかし、頭の中で、そう整理出来ていても、苛立つ。《言えばいいじゃねえか、そんなの・・・。》おぼろげな月が、こっちを見ていた。

 

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作詞 甲本ヒロト 作曲 甲本ヒロト

発売日 1987年 アルバム「MEET THE BLUE HEARTS」

 

 

ミート・ザ・ブルーハーツ?ベスト・コレクション・イン・USA

ミート・ザ・ブルーハーツ?ベスト・コレクション・イン・USA

 

 

 

人にやさしく

人にやさしく

 

 

80’Sー22 ♪HEART BEAT♪ 佐野元春

夜中。誰もいない商店街を、尾崎健吾は一人歩いていた。スクーターはガス欠。仕様がないので、歩くしかなかった。

尾崎健吾の母千佳子は、18歳の冬、健吾を産んだ。相手は、2つ年上の市役所公務員。2人が付き合い始めたとき、千佳子は高校1年生で、その相手は、同じ高校に通う3年生だった。

彼が、高校を卒業して、公務員になったあとも、付き合いは続いていた。しかし、千佳子の妊娠が分かると、彼の態度は急変し、冷たくなった。やがて彼は、離島への転勤願を出し、鹿児島の南の島、屋久島へ行った。

彼の家は、先祖から継承される武士の家柄で、彼の父親は、この街の市会議員をしていた。彼が屋久島へ行ってしばらくした頃、ある日、彼の父親は、千佳子に、1万円札200枚が入った封筒を渡し、中絶を求めた。これが、結果的に千佳子に固い決意をうながした。

千佳子は、金は受け取らず、健吾を産んだ。

それから、高校を中退し、千佳子は働いた。昼間は、海苔の加工場、夜は、時給のいいスナックで働いた。そして、健吾が10歳のとき、千佳子は自分のスナック店を持った。店の名前は、ブルーシャトウ。尾崎健吾が今歩いているこの商店街の裏通りにある。

健吾は幼い頃、千佳子の母のところによく預けられていた。

千佳子の母絹子は、たばこ屋を営んでいる。先週、海江田和代に、“今度何かあったらここに駆け込め”と言った場所だ。そして実際、きのう、海江田和代が駆け込んだ場所であった。

 

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作詞 佐野元春  作曲 佐野元春

発売日 1981年 アルバム「Heart Beat」に収録

 

 

Heart Beat

Heart Beat