和代は商店街を30メートルほど逆走したあと、すぐに左に折れた。
そしてその車1台がやっと通れるぐらいの路地をまた30メートルほど走り、右側にあるたばこ屋に入った。
「また何かあったらここにもぐり込め」
そうこのまえ尾崎健吾が教えてくれた店だ。
小さなつくりの昔ながらのたばこ屋。
路地に面した、たばこの商品の入ったガラスショーケース。
その奥には、地面より少し高くなった畳3枚ほどのスペースに、丸メガネをかけ、たまねぎヘアースタイルの老婆が、座布団を敷いてちょこんと正座している。
ショーケースの左横、開け放たれた狭い入り口から、
「おばちゃん、ごめん! お世話になります!」
そう言って和代は、奥の、のれんで仕切られた、ここもまた地面より高くなっている居間に、靴をぬいで駆け上がった。
しばらくして、西郷たちがたばこ屋の前を通っていく。
道が狭いので今度は縦に並んで、それぞれ遠くの方に目をやって、進んで行った。
のれんの隙間からそれを確認すると和代は、居間から降り、靴をはいて、老婆のそばにいき、もう一度お礼を言った。
「ごめんね、おばちゃん」
老婆は、「はーい、お疲れさん!」そう言うと、オロナミンCを1本和代に差し出した。
「ありがとう」
和代はそう言ってそれを受け取り、かなりぬるかったが、一気に飲みほした。
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発売日 1982年 アルバム「クリシェ」に収録